彩と拓海 - 1話
小説ページに戻る


「今度一緒に映画行こうよ」


携帯電話の迷惑メールに似ている。
それは、決して求めてもいないのにやって来るものだ。
こちらが向こうを知らないのに、向こうはさも、こちらを知っているかのような文面で語りかけてくる。
馴れ馴れしさこの上ない。
こういうのは、無視してブラックリストに入れておくのが順当な対応だろう。




「ホラー映画が好きなんだってね」
現実には無視という機能はあってもブラックリストに入れるという機能はないらしい。


「僕に干渉しないでください。」


「初めての言葉がそれって酷いね、俺、わざわざ君の去年の文集見て好きなもの調べたのにな」
背筋がゾッとした。
こいつ、気持ち悪い。
気持ち悪い上に、とんでもない馬鹿だ。
顔も知らない奴の突拍子もない誘いに乗る人なんて何処に居るというんだ。
本を一頁めくる。


「ホラー映画は好きですけど、貴方とは行きません。」
そろそろ疲れてきた。
会話しながら本を読むというのは、なかなか難しい。
それに、目の前に立たれると陰ができて、読みづらい。
退けてくれないかな。


「現地集合でいいから」
おもむろに、目の前の人間がポケットから何かを出してくる。
それは、映画のチケットだった。


「終わったらすぐ帰っていいよ」
本を一頁めくり、栞を挟む。

「どういうこと?」
僅かに侮蔑の色を醸しつつ、人物の方を見上げる。
声から既に予想はできていたが、初めて見る顔だった。

「そのままの意味、ただ純粋に映画に誘ってるだけだよ」

「純粋に...」
純粋、引っかかる言葉だった。
ついつい裏を読みたがる僕の癖が出てしまう。
純真無垢な笑顔が、純粋という意味を歪めているように僕を酷く錯覚させた。
こんな発想に至ってしまうなんて、歪んでいるのは僕のほうなのか?


「たまたま俺も観たい映画だっただけなんだよ、それ。どう?チケット代は俺の奢りでいいよ。二枚あるし」
上手く丸め込まれている気はするが、この人の言っていることも一理あるのかもしれない。
映画を観ることが目的なんだ、行く相手が誰であろうと関係なんてないじゃないか。
悩んではいたものの、確実に結論は出ていた。


「で。できれば今週の日曜日がいいんだけど」
机を指でとんとん、と叩かれ、チケットを手渡しされる。
さっきより目の前が明るくなったような気がしたのは、彼が椅子に腰を下ろしたからだろう。

「...日曜日、うん。わかった。」

こうして、名も知らぬ人間と簡単な口約束を交わしてしまった。


「ありがとう、彩くん。じゃあ日曜日ね。」
そう言って、椅子に座っていた男は踵を返した。

僕の名前どうして知ってるんだろう。
疑問を口に出してしまいそうになるが、会話に一区切りが付いてしまったので、踏みとどまる。
また今度聞こう。



そういえば、僕の前の席ってこの人だったんだ。
全然気づかなかった。

- - - - - - - 2013/03.14
多分日曜日の映画に続きます。